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和歌山地方裁判所 昭和43年(ワ)223号 判決 1971年12月24日

原告

大篁信一

ほか一名

被告

黒田泰蔵

ほか一名

主文

一  被告相互タクシー株式会社は、原告等に対し、それぞれ金五〇四、四四九円を支払え。

二  原告等の被告相互タクシー株式会社に対するその余の請求および被告黒田泰蔵に対する請求はいずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用中、原告等と被告相互タクシー株式会社との間に生じた費用は、これを二分し、その一を原告等の、その一を被告相互タクシー株式会社の各負担とし、原告等と被告黒田泰蔵との間に生じた費用は全部原告等の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告訴訟代理人は「被告らは各自、原告大篁信一に対し一一〇万円、大篁十三子に対し一一〇万円を支払え。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。

二  被告黒田泰蔵、同相互タクシー株式会社の各訴訟代理人は、いずれも「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求めた。

第二原告の請求原因

一  事故の発生

訴外亡大篁清博(以下清博という)は、単車(和手サ六九九五号)を運転し、昭和四二年四月八日午後八時五〇分頃、和歌山市有本国道二四号線道路上を東進中、進路前方道路上で転回中の訴外芝田豊二(以下芝田という)運転の被告相互タクシー株式会社所有の普通乗用自動車(和五あ二二の三五号、以下タクシーという)に接触し、道路右側(反対車線)へ出たところ、折から西進中の訴外吉本明(以下吉本という)運転の被告黒田泰蔵(以下被告黒田という)所有の小型貨物自動車(泉六す四二七号、以下貨物車という)と衝突し同所において清博は即死した。

二  身分関係

原告等は、清博の父母である。

三  帰責原因

(一)  被告黒田について

(1) 被告黒田は、前記貨物車を所有し、自己のために運行の用に供しているものであるから、車の保有者として、また吉本は被告黒田の従業員であるから吉本の使用者として自動車損害賠償保障法第三条(以下自賠法という)、民法第七一五条により、右事故によつて原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。

(2) 吉本の過失

吉本は、前方を注視して進行しておれば、対向車たる芝田の運転するタクシーが右折ないし転回しようとしているのを早期に発見でき、その時点で速度を減速していれば道路右側(自己の車線)へ出てくる単車を早期に発見して事故の発生(拡大)を防止できたに拘わらず、前方注視を怠り漫然同一速度で進行した過失によつて事故に寄与した。

(二)  被告タクシー会社について

(1) 被告タクシー会社は、タクシー業を営み、自己の所有するタクシーを被用者である芝田に運転させその業務執行中、本件事故を惹起したものであるから、車の保有者として、また右芝田の使用者として、自賠法第三条、民法第七一五条により、右事故によつて原告等の蒙つた損害を賠償する義務がある。

(2) 芝田の過失

(イ) 転回危険場所での転回であること。

本件事故現場は、幅員七・五五メートルというあまり広くない道路で、かつ事故発生時、対向車両の通行は頻繁で、時刻も午後八時五〇分頃と夜間であつて見通しの悪い状況下にあつた。換言すれば、非常に危険な条件下にあつたのであるから、芝田がタクシーを転回するには、後続車並びに対向車の交通の安全に対し十二分の注意を払つて慎重になさるべきところ、漫然、転回を開始した過失がある。

(ロ) いわゆるスイツチターンをするには、道交法第二五条第一項に違反していること。

芝田は、タクシーを転回するにつき、一旦、事故発生地点の道路南側にある空地に自車を乗り入れて、そこから後退の上、転回しようとした(いわゆるスイツチターン)ものでもあるようであるが、もしそうであるなら、かかる場合には、芝田の最終目的は自車の転回にあるとはいつても、一度道路を右折横断する方法をとることになるのであるから、道交法第二五条第一項の規定に従い「あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄つて」進行しなければならないのに、これに違反して道路左側に寄つて右折ないし転回を開始した過失がある。

四  原告等の蒙つた損害

(一)  得べかりし利益の喪失による損害

清博は昭和二三年三月二一日生れで事故当時一九才であつたから、今後なお五九才迄四〇年間は就労可能であつたところ、同人の一ケ月の平均収入は金五四、〇〇〇円で、このうち控除すべき生活費を五〇%として、これを控除して計算すると、一年間の利益は金三二四、〇〇〇円となる。これを四〇倍し、これに単式ホフマン係数〇・三三三を乗ずると金四、三一五、六八〇円となるから、これを原告各自の相続分に応じて分けると、原告各自金二、一五七、八四〇円となる。

(二)  慰藉料

原告等は本件事故により、ようやく一人立ち出来るようになつた長男たる清博を亡くしたのであるから、その精神的苦痛は非常に大きい。従つてこの精神的苦痛に対する慰藉料としては、原告各自金五〇万円が相当である。

(三)  損害の填補

原告等は、本件事故によつて蒙つた損害に関しすでに被告タクシー会社から自賠法による保険金一五〇万円の支払いを受けたのでこれを原告各自の損害額から均等に金七五万円を控除すると、原告各自の残額は金一、九〇七、八四〇円となる。

(四)  弁護士費用

原告等は、前記の如き損害賠償請求権を有するところ被告等が任意にその支払いをしないので原告等は弁護士たる本件原告訴訟代理人に委任して本訴に及んだ。着手金として一〇万円支払つた他、成功報酬として二〇万円を支払うことを約している。

五  結論

よつて原告等は被告等に対し各自金二、〇五七、八四〇円(右(三)の一、九〇七、八四〇円に右(四)の三〇万円の半額一五万円を加算した金額)を請求し得るところ、本訴ではそのうち各自一一〇万円の限度で支払いを求める。

第三被告黒田の請求原因に対する答弁

一  請求原因第一項の事実は認める。

二  請求原因第二項の事実は認める。

三  請求原因第三項について

(一)  請求原因第三項(一)の(1)のうち、被告黒田が吉本運転の貨物車を所有し、自己のために運行の用に供していたこと、吉本が従業員であることは認める。

しかし本件事故については被告黒田は運行供用者ではない。

被告黒田は、抽象的、一般的には本件貨物車の運行供用者である。しかし本件事故発生の原因となつた運行は、吉本が私用のため被告黒田に無断でなされたものであるから、被告黒田のためになされたものということはできず本件事故については同被告は運行供用者でない。即ち吉本は、日常被告黒田方において午後五時頃貨物車を同被告方から約一キロ離れた自動車置場におき、その車のキーは被告方玄関の黒板の右側にかけたうえで終業し帰宅するのを常としていた。そして事故当日も、吉本はいつもの通り本件車を平生の保管場所に駐車させ、キーは被告方の玄関内にあるキーかけにかけ、午後五時頃完全に当日の業務を終つた。しかるに、吉本は車の無断運転が禁止されていることを知りながら自分の息子の嫁を名手へ送るため本件車のキーを右場所より無断で持ち出し本件車を勝手に運転し名手まで行き、その帰途午後八時五〇分頃本件事故を惹起したものである。被告黒田は吉本が本件車を無断運転していることは全く知らなかつたわけであり、吉本の無断運転により被告黒田の有する本件車の運行に対する一般的支配が奪われていたものである。

(二)  請求原因第三項(一)の(2)の事実は否認する。

本件事故の際の状況は以下のとおりである。

清博は単車に乗つて制限速度を超える高速で追越禁止区間である本件道路上を東進して来た。その時、進路前方に前車たる被告タクシーが右折転回のため停車していた。清博はスピードを出しすぎていたのと、前車の状況を発見するのが遅れたことによつて前車を回避して進行することができず前車たるタクシーに接触しハンドルをとられ、センターラインを超え、吉本が対向して走行して来た反対側道路上に飛び出した。

一方、吉本は、被告タクシーが転回するのを止め、吉本の車が通過するのを待つていてくれたので、そのまま右タクシーの側方を通過するため西進した。ところで吉本運転の車が右タクシーの線迄来ると同時に、前述の如く清博の単車が吉本の車の前方に飛び出してきた。従つて吉本はハンドルを切る間もなく自車を単車に突き当てた。そして被害者たる清博が転倒したところを自車の後輪でひいたわけである。以上の状況であるから、本件事故は吉本にとつては不可抗力による不可避の事故といわざるを得ない。即ち運転者たる吉本ないしは被告黒田には何ら過失がないのである。換言すれば、本件事故は、被害者たる清博の重大な過失に基いて発生したものである。又、吉本が運転していた本件車には構造上の欠陥、機能の障害は存しなかつたものである。

なお被告黒田は運転者の選任監督についても注意を怠つてはいない。

四  請求原因第四項の事実は不知。

第四被告タクシー会社の請求原因に対する答弁

一  請求原因第一項の事実中、事故発生日時、場所は認めるが、事故の状況については争う。

二  第二項の事実は認める。

三  請求原因第三項について

(一)  第三項(二)の(1)のうち、被告タクシー会社が芝田運転のタクシーを所有し、自己の営業のために運行の用に供していたこと、芝田が従業員であることは認める。

(二)  請求原因第三項(二)の(2)の各事実は争う。

(1) 本件事故の際の状況は次のとおりである。被告タクシー会社の運転手芝田は道路左側に停止し、右折転回のフラツシヤを出して停車していたところ、清博運転の単車が七〇キロ以上のスピードで前方不注視(当時雨が降つていたため顔をふせて運転していたと考えられる)のまま突つこんで来て、停車中のタクシーの右後部バンパーに当つたものである。従つて芝田には過失がなく、本件事故は被害者たる清博の一方的な過失に基くものである。又、芝田が運転していたタクシーには構造上の欠陥、機能上の障害は存しなかつたものである。

(2) 右の免責の主張が認められぬ場合は、予備的に過失相殺の主張を行う。清博の過失内容は前述の如く前方不注視とスピードの出しすぎである。

四  請求原因第四項の事実中、(三)の被告タクシー会社が一五〇万円支払ずみであることは認めるが、その余の事実は争う。

第五証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生について

請求原因第一項の事実のうち、被告タクシー会社は事故の状況について争うので案ずるに、

〔証拠略〕を総合すると、昭和四二年四月八日午後八時四五分頃、和歌山市有本の国道二四号線路上を被害者清博が単車に乗つて東進中、進路前方道路上で東向きから西向きに転回するために一時停止していた芝田運転のタクシー後部附近に追突し、そのはずみで反対車線(西行車線)へ単車が飛び込み丁度その反対車線を西進中の吉本運転の貨物車の右前フエンダー付近に衝突し、以上の事故の結果、清博は同所で即死したことを認めるに十分である。

二  身分関係について

請求原因第二項については当事者間に争いがない。

三  責任原因

(一)  被告黒田の関係について

(1)  被告黒田が貨物車を所有し、これを従業員たる吉本を通じて自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがないところ、被告黒田は本件事故は吉本が貨物車を私用運転中に発生した旨主張し本件事故について運行供用者ではないと言う。しかし〔証拠略〕によると貨物車のキーは、休日の前日には被告黒田の家の黒板の下の所定の場所にかけておくが、それ以外は大体吉本が自宅へ持つて帰つていたこと。貨物車も吉本の家の近くに被告黒田が置場を作りそこへ置いておくだけであること。キーを家へ持つて帰えつた場合には、これ迄にも時々吉本が自己の私用のために貨物車を使つていたこと、本件事故は吉本の私用中の事故であること、以上の事実が認められる。

ところで被告黒田は危険物たる貨物車を所有しその車を従業員吉本を通じ常時自己のために運行の用に供しているものであるから、右自動車の保管については、終業後には自己の管理する車庫に入れ、施錠をし、その鍵と車のキーを共に安全確実に保管する等して、危険に対する防止の義務があるところ、被告黒田は休日以外には漫然と従業員たる吉本に車のキーを自宅に持ち帰らせ、その間吉本が車をどのように利用しているか注意することを怠つていたものと言わざるを得ない。以上の事実によれば、被告黒田方では、車の保管、管理は全体として極めて形式的なものであつて現実には従業員たる吉本はいつでも容易に車を使用し得る状態にあり、本件においても吉本は簡単に貨物車を持出しているのであつてこれは被告黒田の管理上の過失に基くものというべく、本件貨物車の運転は、客観的、外形的には被告黒田のためにする運行といわなければならない(昭和三九年二月一一日最高裁一八巻二号三一五頁参照)。従つて被告黒田は自賠法第三条第一項但書所定の免責事由を主張し立証しない限り、運行供用者として同項本文の規定によつて、本件事故によつて原告らに生じた損害を賠償しなければならない。

(2)  そこで被告黒田の免責事由について判断する。

(イ) 〔証拠略〕を総合すると、

本件事故が発生した道路は国道二四号線上であつて、同国道は東西に通じアスフアルト舗装された幅員約七・五五メートルの道路で現場は直線コースであるが、付近には照明設備もない為夜間は暗く道路中央に黄色のセンターラインが標示してあること。同国道は自動車の交通が頻繁であり、事故当時は降雨のあとで舗装は湿潤していたこと。吉本は右国道を時速約四二キロメートル位で中心線より約一メートル位離れて先行のタンクローリに約一五メートル位の間隔で追従して西進し、本件事故現場手前にさしかかつたこと、丁度その時、反対車線(東行車線)に芝田運転のタクシーが右折転回の態勢で、かなりセンターラインよりに車首を向け停車しているのを認めたが、先行のタンクローリが停車中のタクシーの側をそのまま通過して行き且つタクシーが停車して自已の貨物車を通過させてくれるのを確認したので、タクシーの停車位置の側をそのまま従前の速度のまま通り過ぎようとした時、いきなりタクシーの後のあたりから、黒いもの(清博の単車)が自分の車線に飛んで来たこと。従つてハンドルを切る間もブレーキを踏む間もなく自車の右前フエンダー付近(前輪と運転席ドアの把手との中間あたり)に清博の単車が当り、かなりのシヨツクを受けブレーキをかけて約一四メートル位走つて停車したところ、単車は反対車線(東行車線)にはねとんでおり、清博は貨物車の右後輪前部付近に倒れていたこと、衝突後まで吉本は反対車線を単車が西進して来たことに気付いていなかつたこと、右の単車は時速約七〇キロメートル位の高速(現場は制限速度五〇キロメートル)で、前記タクシーの後方(西方)四〇ないし六〇メートルの地点を時速約四七キロメートル位で東進していた車の右側をセンターラインすれすれ位で追い越し(現場は追い越し禁止区間である)てその車の前へ出て進路の左側へ寄つて東進中、右タクシーの右後部バンパー付近に衝突し、そのはずみで反対(西行)車線へ飛び出したこと、以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

してみると、吉本にとつてみれば自己の走行車線へ反対車線に停車していたタクシーのかげから突然単車(吉本は単車との認識は前認定のとおりなかつた、この点吉本は何か黒いものと表現している)が飛び込んで来たわけであるから、その単車との衝突をさけるための措置を吉本に期待することは不可能である。又、停車中のタクシーのかげから単車が飛び出すことまで予測してこれとの衝突を避けるため予め徐行する等の注意義務は吉本には無い。蓋し交通頻繁な国道上で反対車線上の車がUターンするため停車して途をゆづつてくれることを認め且つ先行車も右停車中の車の側を従前と同一速度で進行して行つた以上吉本には減速する等の必要はないからである。従つて単車との衝突については、吉本にとつては不可抗力にも等しく同人には何等、過失を認めることはできない。

原告は吉本が自動車運転者としての前方注視義務に違反し、そのため右折転回しようとしていたタクシーの発見が遅くれ、減速せずそのため本件事故が生じた旨主張する。しかし吉本がタクシーの発見を遅くれたとの事実を認むべき何等の証拠もなく、現場付近で吉本が特に減速すべき必要がなかつたことは前認定のとおりである。してみれば現場付近には、照明設備もなく夜間は暗かつたのであるから、かかる状況下において、前示の様な単車の走行の仕方で、しかもタクシー車のかげから急に中心線を超えて吉本の進路上に飛び込んで来た場合にあつては、吉本が如何に前方注視義務を尽くしたとしても、単車を早期に発見し衝突を回避することが出来たとは到底考えられないから、原告の右主張は採用することができず、他に前示認定を左右すべき証拠はない。

(ロ) かくて本件衝突事故が前示の様な態様で惹起されたものである以上、保有者(運行供用者)である被告黒田が貨物車の運行については注意を怠らなかつたものというべきこと明らかであるといわなければならない。

(ハ) しかも貨物車に構造上の欠陥または機能上の障害がなかつたことは、〔証拠略〕によりこれを肯認することができ、これを覆すべき証拠はない。

上述のとおりであるから被告黒田には、自賠法第三条但書の免責事由があるということができる。

(3)  なお原告は被告黒田の使用者責任(民法第七一五条)をも主張しているが、右規定は被用者(本件では吉本)について不法行為責任が発生することを前提としているから、前記のとおり被用者たる吉本に過失が認められない以上、民法第七一五条の他の要件につき判断するまでもなく被告黒田に右法条の責任を負わせるわけにはいかない。

(4)  従つて原告の被告黒田に対する請求は損害額の点につき判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

(二)  被告タクシー会社の関係について

(1)  被告タクシー会社がタクシーを所有し、これを従業員たる芝田を通じて自己のために運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。従つて被告タクシー会社は自賠法第三条第一項但書所定の免責事由が立証されないかぎり同項本文の規定によつて責任を免れないものというべきである。

(2)  そこで被告タクシー会社の免責事由について判断する。

(イ) 本件事故が発生した道路は国道二四号線上であつて、同国道は東西に通じアスフアルト舗装された幅員約七・五五メートルの道路で現場は直線コースであるが、付近には照明設備もなく夜間は暗く道路中央に黄色のセンターラインが標示してあり、同国道は自動車の交通が頻繁で、事故当時は降雨のあとで舗装は湿潤していたこと前記認定のとおりである。

右認定事実に、さらに〔証拠略〕を総合して詳細に検討すると、

芝田は、事故現場より約三一メートル手前(西方)の道路左側地点で客を降ろし、そのまま左端を進行し、事故現場東南にある車庫を利用して右折転回するため方向指示器を出して車首を略センターライン近く迄出して転回態勢に入つた時、右車庫に後退しながら入ろうとしていた二トントラツクが反対(西行)車線に少しかかつているのを認め、急遽そのままの状態で停車していたところ、タクシーの右後部バンパー付近に清博運転の単車が追突しそのまま単車が反対車線へ飛び出し前記認定の通り反対車線を西進していた吉本の貨物車に衝突したこと、清博は単車をややうつむきかげんで時速約七〇キロメートル位の高速(現場は制限速度五〇キロメートル)で運転し右タクシーの後(西)方、約四〇ないし六〇メートルの地点を時速約四七キロメートル位で東進していた車両の右側をセンターラインすれすれ位で追い越し(現場は追い越し禁止区域である)すぐその車両の前へ出て、さらに進路の左側へ寄つて東進して行き前記タクシーの右後部バンパーに追突したこと、以上の事実を認めることができ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

(ロ) 芝田の過失について

もともと車両等の運転者は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは横断や転回をしてはならない(道路交通法第二五条の二第一項)。そして横断や転回等をするときは、手、方向指示器等により合図し且つこれらの行為が終わるまでその合図を継続する必要がある(同法第五三条第一項)。ところで本件の場合、転回禁止場所でもなく、芝田は方向指示器を出して転回態勢に入つたことが認められるのでこの点につき過失はないようにみえる。しかし形式上、右の規定を遵守したからと言つて直ちに過失がないとは断言できない。なぜなら右規定は転回する場合の最少限度の遵守事項であるから、右規定に従つた上で、さらに前記道交法第二五条の二第一項の規定の趣旨にのつとり、道路の前後左右の安全確認をして道路状況を十分に、把握した上で転回したかどうかが問題とされなければならないからである。

これを本件で言えば、事故現場が幅員約七・五五メートルとあまり広くない、車両の交通も頻繁な国道上で時刻も夜間而も雨天で付近には照明設備もないため暗かつたということは、換言すれば暗くて見透しの困難な状況下にあつた、即ち転回の危険な状況下であつたといえるから、かかる状況下で転回するについては、より一層十分な安全確認が芝田には要請されていたということである。

ところで芝田が車庫を利用して転回しようとしていたことは前記認定の通りである。この場合、車庫といつても進路反対方向にあるのであるから、そこへ行くためには反対車線を横切る必要がある。従つてこの場合、転回といつても、転回するに際しては転回が右折によつて行われるのであるから、この場合、道交法第二五条第一項の規定に従い「あらかじめその前からできる限り道路の中央に寄つて」進行しなければならないところ、芝田はこれに反して前記認定のとおり、道路の幅が広いときに通常行われる転回の仕方、即ち道路左側に寄つて右折転回を開始したものである。又、車庫などを利用して転回するには、車庫内外の障害物等にも良く気を付けてしなければならないところ、前記認定のとおり漫然道路左側より右折転回を開始し、車首がセンターラインにかかる位になつて、はじめて車庫内に入ろうとしていた二トントラツクを認め急遽停車したものである。

以上の認定事実によれば、芝田は右折転回するにあたり、右後方の安全の確認および周囲の道路状況を十分把握して右折転回すべき注意義務があるのにこれを怠り不適当な方法で右折転回をはじめその途中センターライン近くまで車首を寄らせやや斜めにいわば東進車線をふさぐような位置に停車したものと推認され以上の点に過失があるものといわざるを得ない。従つて、その余の点につき判断を加えるまでもなく被告タクシー会社の免責の主張は排斥を免れない。

(ハ) 清博の過失について

清博運転の単車についていえば、前記認定のとおり当時夜間で付近に照明設備もなく而も雨天で見透し困難で道路は湿潤していた状況下にあつたのだから、このような場合、単車の運転者としては制限速度を遵守するはもとより、視界に応じて適宜減速して前方左右を一層注視して進路の安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、これを怠り、前認定のとおり、制限速度(五〇キロメートル)を超えること二〇キロメートルというかなりの高速で、しかも雨天であつたところからややうつむきかげんで前方注視不十分のまま単車を運転したため、右折転回態勢に入りほぼ進路をふさぐようになつて停車していたタクシーの発見がおくれてタクシーの右後部バンパー付近へ追突したものと推認され以上の点に過失があるものといわざるを得ない。

(3)  以上説示したとおり本件追突事故は芝田および清博双方の過失によつて惹起されたものというべく右追突の結果、前認定のとおり単車が反対車線へ飛び込み反対車線を西進していた貨物車と衝突し、以上の事故の結果清博は死亡したものであるから、これによつて生じた損害について被告タクシー会社も責任があるというべきである。ところで双方の過失の割合であるが諸般の事情を総合すると、過失相殺の割合は被告タクシー会社四割、清博六割と見るのが相当である。

四  損害

(一)  過失利益額

〔証拠略〕を総合すれば清博は事故当時一九才の健康な男子で有限会社峯熔接工作所に熔接工として勤め年収金六四八、〇〇〇円(月収金五四、〇〇〇円)であつたことが認められ、その生活費が年収の五割に相当する一カ年金三二四、〇〇〇円であつたことは原告等の自認するところであり、清博は本件事故に遭遇しなければ少くともあと四〇年程度はなお稼働して収入を挙げ得たであろうとその職業、性別、年令、健康状態等から推認されるので、差引純益として一カ年金三二四、〇〇〇円の四〇年分を死亡によつて失つたものというべく、いま清博の得べかりし純益の総額からホフマン式計算方法(単式)によつて年五分の割合による中間利息を控除して現価に換算すると、金四、三一五、六八〇円となるところ、これに対し清博の前示過失を斟酌すると清博の有した過失利益による損害賠償請求権は金一、七二六、二七二円と認められる。そして原告等が自賠法による損害賠償金として金一五〇万円を被告タクシー会社から受領したことは当事者間に争いがなく、右金員はその性質上先ず清博の蒙つた損害の弁済に充てられたものと考えられるのでこれを前記金員に充当すると残額は二二六、二七二円となる。ところで清博は原告等の子供であることは、当事者間に争いがないから、清博の死亡により原告等は各自二分の一の割合をもつて相続により清博の有する権利義務を承継することになる。従つて逸失利益に基く損害賠償請求権として、原告等は各自一一三、一三六円を有するものと認められる。

「数式」(但し単式ホフマン式による)。

年収(六四八、〇〇〇円)、清博の生活費(三二四、〇〇〇円)、稼働年数(四〇年間)

(六四八、〇〇〇円-三二四、〇〇〇円)×四〇×〇・三三三=四、三一五、六八〇円

(四、三一五、六八〇円×〇・四)=一、七二六、二七二円

(一、七二六、二七二円-一五〇万)×〇・五=一一三、一三六円

(二)  慰藉料

前認定のとおり原告等は清博の両親であり、〔証拠略〕によれば、原告等は親として息子清博の死亡により多大の精神的苦痛を受けたことが認められる。その苦痛に対する慰藉料としては本件にあらわれた一切の事情を考慮し、さらに清博の前示過失を斟酌するときは、原告各自につき三〇万円とするのが相当である。

(三)  弁護士費用

以上により原告等は各自右(一)、(二)の合計四一三、一三六円(一一三、一三六円+三〇万)を被告タクシー会社に請求し得るものであるところ、〔証拠略〕によれば、被告タクシー会社はその任意の弁済に応じないので原告等は弁護士たる本件原告等訴訟代理人にその取立を委任し、着手金として一〇万円を支払い、報酬として判決認容額の一割を支払うことを約したことが認められるので、原告各自につき右認定額(四一三、一三六円)の一割に該当する四一、三一三円と右着手金の半額(五万円)の合計額たる九一、三一三円をもつて相当と認める。

五  結論

よつて被告タクシー会社は原告各自に対し五〇四、四四九円の支払義務があることになるから原告等の本訴請求は右の限度で認容し、その余の請求を棄却し、また被告黒田に対する原告等の請求をすべて棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三関幸男)

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